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東アジア諸言語の研究 03 : 彝語喜徳方言/アプラウトによる語義反転

読了。
粤語(広東語)はタイ系言語を基層として漢語に同化した言語であることが確実とのこと。
中国語諸語はもしかしたら世界的に見ても特異な言語群なのかもしれない。古い時代に、植民地時代の西洋語が起こしたような同時多発的なクレオールの発生があり、さらに脱クレオール化を経て基層言語の中核を失っていったのだろうか。だとすれば漢語方言は旧植民地地域における西洋語の現状を先んじているわけで、貴重な研究事例になりうる。

ところで、チベット・ビルマ語派-ロロ・ビルマ語支に属する彝語の喜徳方言(標準方言)には、アプラウトによる語義反転があるらしい。他にも同じ形態法をもつ自然言語の例があった気がするのだが失念…。アルカのn対語(アプラウトによる系統的な語義交替)は新生アルカになって廃止されたが、必ずしも無理のある仕組みではないことが窺える。
著者はこの仕組みの成立について少し考察を加えていて興味深い。

以下に該当箇所(p320-321)より引用を示す(太線引用者)。

喜徳の彝語には、いろいろと興味のある現象が報告されている。その若干の例について述べておきたい。
「大きい」と「小さい」のような両極を意味する単語で、語幹は同じ形が使われるが、a-がつけられるかi-がつけられるかによって、その意味の両極が決定する語形がある。これは彝語のいろいろの方言の中でも特別な形態である。

a33 m̥u33 高い、深い i44 m̥u33 低い、浅い
a33 ȵi33 多い i44 ȵi33 少ない
a33 fi33 寛い i44 fi33 狭い

比較言語学的に見ると、m̥uは本来「高い」の意味であり、ȵiは「少ない」、fiはおそらくビルマ文語のwei2-「遠い」と同源語であると考えられるから、a-積極性とi-消極性を対立させる方法は、彝語喜徳方言でのちに作り出された構成法に違いがない。この構成法の成立を祖形からの発展過程の中でわかりやすく示すと、つぎのようになる。

祖形 ビルマ文語 彝語喜徳方言
*mrang3- 高い mrang3- a-m̥u33
*nim3- 低い nim3- × i-m̥u33
*mya2- 多い mya2- × a-ȵi33
*naň2- 少ない ne2- i-ȵi33

ビルマ文語にはi-接頭辞はなく、a-接頭辞は、動詞・形容詞から名詞・副詞を構成する役割を果たしている(lup-/louʔ/「働く」→a-lup/a-louʔ/「仕事」、mran-/mjan/「速い」→a-mran/a-mjan/「速く」)。
彝語のa-とi-の対立は、おそらく語幹の形式自体の対立とともに使われたつぎの形態が、本来の姿であったろう

a33 tu33 厚い i44 bo33 薄い
a33 n̥u55 (樹の穴が)深い i44 di33 (樹の穴が)浅い

tu33はビルマ文語thu-「厚い」に、bo33はビルマ文語pa2-「薄い」に、n̥u55はビルマ文語nak-「深い」に、di33はビルマ文語tim-「浅い」にそれぞれ対応していて、いずれもロロ・ビルマ系言語に広く分布する語幹形式である。


東アジア諸言語の研究 02 : 回輝語

回輝語が面白い。
回輝語は中国海南島の一部で話されている言語で、語彙系統的にオーストロネシア語族に属するにもかかわらず単音節声調言語である。この変化は中国語などの強い影響によるとされる。
多くの語彙の一部の音節が切り落とされるというのは普通は考えにくい事態だが、自然言語は人工言語より奇なり。音節の切り落としに伴って生じる声調のパターンは声調発生(tonogenesis)の明瞭な例として参考になるだろう。


ところでアルカのメテ方言の声調発生(旧設定)は何かを参考にしたのだろうか。気になる。


東アジア諸言語の研究 01 : 漢語とタイ諸語の関係

西田龍雄のシナ・チベット語研究の書物(著者はタイ諸語もシナ・チベット語族の一部と考えている)。Ⅰ巻と題するのに続きがなかったり、この本自体章半ばで終わっているのがまず残念。また、2000年発行の本だが後書きによれば原稿は10年以上前のものらしいので注意を要する。

難書である。
最初の方は各言語の音韻・文法の記述と比較が続くのだが、全体像が掴めないので読むのが辛い。p185(タイ語の発展と漢語の発展)でようやく主張の全容が見えたといったところである。

ところでそのp185に看過できない一文を見つけた。

一般的にいって、同系統に属する言語は、分離してのちも、変遷していく方向にかなりの程度に並行性を示すものである。

このような現象は寡聞にして知らない。事実だとすれば、類例、そして原因を知りたい。
著者は漢語とタイ祖語において声調が並行して発生・発達した事実を漢語・タイ語が同系であることの重要な証拠として扱っている。自分などは漢語とタイ祖語がある時期に接触して影響を与え合った(あるいは第三の言語から影響を受けた)と考えるのが真っ当に思えるのだがどうだろうか。


アフリカ諸語文法要覧 03 : バントゥ語群

読了。良い読み物だった。
残りはほとんどバントゥ語群に属する言語だった。
名詞クラスがどうやって発達したのかとか、この語族がなかったら多彩な名詞クラスがありうることを果たして想像できただろうかと思う。想像を巡らせて現実には存在しない言語の仕組みを作りたいものだ。


アフリカ諸語文法要覧 02 : ジュバ・アラビア語

ジュバ・アラビア語は南スーダンで話されている、複数のアフリカ諸語(ニジェール=コンゴ語族およびナイル=サハラ語族)とアラビア語の混成により生まれたクレオールである。
アラビア語に多い喉音・咽頭化音がなく、アフリカ語に多い声調の区別があるのが特徴的である。

この言語のTMA体系があまりにも綺麗な「典型的クレオール」の様相を呈していたのではっとした。

dúrubu「殴る」の時制・アスペクト・ムード

完了 ána dúrubu úwo. 「私は彼を殴った」
bi 未来 ána bi dúrubu úwo. 「私は彼を殴るだろう」
進行 ána gí dúrubu úwo. 「私は彼を殴っている」
kán 過去完了 ána kán dúrubu úwo. 「私は彼を殴り終わっていた」
kán bi 仮想現実 ána kán bi dúrubu úwo. 「私は彼を殴ればよかった」
kán gí 過去進行 ána kán gí dúrubu úwo. 「私は彼を殴っていた」

kánが先行性、biが非現実性、gíが非点性の標識と見れば一目瞭然である。並びもTMAの順になっている。この言語は1970年代に研究が始まったらしいが、Bickertonはこれも取り込んでバイオプログラム仮説を唱えたのだろうか。バリ語を始め基層言語の中にこれに近いTMAの体系を持つ言語は特段見当たらないのでTMAに関しては本当にバイオプログラムされているのかもしれない(…と思えれば原初語の方針が立つんだが)

ちなみに言語学大辞典では「アラビア語のピジン・クレオール」の項において他のクレオールとともに言及されている。


言語学大辞典 02 : 西田龍雄が熱い

2巻が届いてとりあえず眺めてみた。
シナ・チベット語族チベット・ビルマ語派の部分を読んでみたらだいぶ気合の入った記事で、大胆な推測も多分に盛り込まれている。少々古いとはいえシナ・チベット語族に関する比較言語学的な情報はほとんど手に入らないので嬉しい。しばらく没頭してしまった。書いたのは西田龍雄(西夏文字を解読したことで有名な学者)。
そういえば西夏文字も面白そうである。


言語学大辞典

中古だけどだいぶ状態が良かった。百回も参照されてないと思う。もったいない話だ。
眺めてたらいくらでも時間が溶けてく。
2巻も注文しといた。


記述量は言語によってかなり幅がある。
たとえばアイヌ語は88ページにわたる詳細な解説がある。
一方で先日見たアカン語は、言語特徴については数行の記述があるのみであった。クワ語派の項は分類史に詳しい。

記述量が言語によってバラバラなため、ランダムな言語をピックアップして参照する用にはあまり向いていない。単に辞典として情報の乏しい言語を引くために使うか、まとまった量の記事がある項目(語族・語派などの解説)を読み込んでいくのがよさそう。


アフリカ諸語文法要覧 01 : 言語資料

クレオールの起源論の一つに、基層言語アプローチがあった。
多くのクレオールの特徴が類似しているのは、基層言語が共通しているからだ、という主張である。そしてその「共通の基層言語」として多く挙げられるのが、西アフリカの言語――具体的には、ニジェール・コンゴ語族の西クワ諸語である。それについて調べようとして本書に行き着いた。

本書はバントゥ諸語について充実しているものの、クワ語派として挙げられているのはアカン語のみであるし、統語についてはほんの数ページしか割かれていない。これだけではアカン語がクレオール的かどうかはよくわからない。もともとクレオールの起源を調べるために興味を持った本ではあるが、むしろ日本人がこのような書籍を編著しているところに注目すべきと思い直し他の言語も見てみることにした。


文法要覧というだけあって、どの言語も簡潔に音声、形態、統語に触れるだけとなっている。
それでも語学としてではなく言語を概観したいという向きには有用であろう(語学書の日本語を介した迂遠な説明に辟易しなくてすむ)。人工言語づくりの参考にするぐらいだったらこの程度の記述量が適している。もっともこの手の言語標本であればやはり英語圏の資料が充実しているのだが…。

と、ここまで書いて言語学大辞典ってどれくらいの記述量だったっけ?と気になったけどわざわざ図書館に出向くのも面倒なので買っておくことにした。参考になるだろう。


接触言語 04 : 手話とクレオールの関係

読了。
残りの章は、脱クレオール化・再クレオール化の話題や、クレオールの公的地位などについてだった。「言語のルーツ」との関連で言えば手話の話題が最も興味深い。
Margaret Deucharによれば、手話の文法構造はBickertonの挙げたクレオールの特徴に従っているという:それはTMA(時法相)の順序存在文と所有文を作る主動詞の一致繋辞の欠如形容詞と動詞の統一的扱い受動構文の欠如の5点である。手話はクレオールと同様に非常に限られたインプットのもとで子供が創出するためバイオプログラム言語の特徴を備えている、と彼女は主張する。
著者はこれに対し4つの反論を試みている。しかしそのいずれも(そもそも手話研究が未熟であるという指摘を除き)、手話の形成と習得とを混同しているように見える。問題は、手話が最初に創られたときに既成言語の干渉がどれだけあって、どれだけ独自に文法構造を発達させたのかだ。既成言語の影響が十分少ないならば、手話を近年における言語の発生の一例として参考にすることも可能なのではないだろうか。


そういうわけで今度は手話について調べてみようと思う。


接触言語 03 : クレオールの起源 普遍主義と基層言語

第6章「クレオール語の起源」まで。
章題のとおり、クレオールの起源について普遍主義アプローチ(特にBickertonの言語バイオプログラム仮説)と基層言語アプローチの論争を通して取り扱っている。著者は基層言語アプローチ寄りで、バイオプログラム仮説に対し以下のような多数の反論を挙げている。

  1. Bickertonの定義するクレオールに当てはまる言語例が少なすぎる
  2. Bickertonの定義に当てはまるクレオールにも際立った反例がある
  3. Bickertonの挙げるクレオールの特徴には多くの反例がある
  4. ピジンのクレオール化はBickertonの想定よりも緩慢であり、また形成期の2言語使用は基層言語の寄与を強く示唆する
  5. 多くの自然言語はバイオプログラム言語からあまりに逸脱している
  6. クレオールに共通する特徴は共通の基層言語(西アフリカ諸語)の地域的特徴により説明できる

多くの言語学者がBickertonに与しない姿勢を見せているとおり、この議論は全体的に見て基層言語側にかなりの分があるのは確かである。しかしながら、上記の5点目に関しては容易に再反論できる。すなわち、バイオプログラム言語は習得に特化した言語であり、時を経た自然言語は運用性を求め複雑化し、また文化の要請に応じて多様性を獲得するのである。この点はBickertonも同様の言及をしていたはず。


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