アーカイブ 2013年 4月27日

東アジア諸言語の研究 03 : 彝語喜徳方言/アプラウトによる語義反転

読了。
粤語(広東語)はタイ系言語を基層として漢語に同化した言語であることが確実とのこと。
中国語諸語はもしかしたら世界的に見ても特異な言語群なのかもしれない。古い時代に、植民地時代の西洋語が起こしたような同時多発的なクレオールの発生があり、さらに脱クレオール化を経て基層言語の中核を失っていったのだろうか。だとすれば漢語方言は旧植民地地域における西洋語の現状を先んじているわけで、貴重な研究事例になりうる。

ところで、チベット・ビルマ語派-ロロ・ビルマ語支に属する彝語の喜徳方言(標準方言)には、アプラウトによる語義反転があるらしい。他にも同じ形態法をもつ自然言語の例があった気がするのだが失念…。アルカのn対語(アプラウトによる系統的な語義交替)は新生アルカになって廃止されたが、必ずしも無理のある仕組みではないことが窺える。
著者はこの仕組みの成立について少し考察を加えていて興味深い。

以下に該当箇所(p320-321)より引用を示す(太線引用者)。

喜徳の彝語には、いろいろと興味のある現象が報告されている。その若干の例について述べておきたい。
「大きい」と「小さい」のような両極を意味する単語で、語幹は同じ形が使われるが、a-がつけられるかi-がつけられるかによって、その意味の両極が決定する語形がある。これは彝語のいろいろの方言の中でも特別な形態である。

a33 m̥u33 高い、深い i44 m̥u33 低い、浅い
a33 ȵi33 多い i44 ȵi33 少ない
a33 fi33 寛い i44 fi33 狭い

比較言語学的に見ると、m̥uは本来「高い」の意味であり、ȵiは「少ない」、fiはおそらくビルマ文語のwei2-「遠い」と同源語であると考えられるから、a-積極性とi-消極性を対立させる方法は、彝語喜徳方言でのちに作り出された構成法に違いがない。この構成法の成立を祖形からの発展過程の中でわかりやすく示すと、つぎのようになる。

祖形 ビルマ文語 彝語喜徳方言
*mrang3- 高い mrang3- a-m̥u33
*nim3- 低い nim3- × i-m̥u33
*mya2- 多い mya2- × a-ȵi33
*naň2- 少ない ne2- i-ȵi33

ビルマ文語にはi-接頭辞はなく、a-接頭辞は、動詞・形容詞から名詞・副詞を構成する役割を果たしている(lup-/louʔ/「働く」→a-lup/a-louʔ/「仕事」、mran-/mjan/「速い」→a-mran/a-mjan/「速く」)。
彝語のa-とi-の対立は、おそらく語幹の形式自体の対立とともに使われたつぎの形態が、本来の姿であったろう

a33 tu33 厚い i44 bo33 薄い
a33 n̥u55 (樹の穴が)深い i44 di33 (樹の穴が)浅い

tu33はビルマ文語thu-「厚い」に、bo33はビルマ文語pa2-「薄い」に、n̥u55はビルマ文語nak-「深い」に、di33はビルマ文語tim-「浅い」にそれぞれ対応していて、いずれもロロ・ビルマ系言語に広く分布する語幹形式である。


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